有馬に恋さん

 着物研究家で大学教授のイギリス人シーラ・クリフさんは着物が大好きで、毎日着物を着ているそうで、サイトなどを見ると、カラフルな着物に帽子を被ったり、眼鏡を掛けたり、ポップに楽しそうに着物を着ていて、傍にいる着物姿の日本のおばさま達がやけにダークな表情に見えてしまいます。

 娘に地元の方々が作った、有馬温泉PRの短編映画のスタイリングをシーラさんがしていたと教えてもらい、早速YouTubeで見てみました。谷崎潤一郎の「細雪」をもとに作った脚本で、若いディレクターやクリエーター、俳優さんたちが作り上げる有馬温泉をPRしていくコンセプトの作り方が面白いし、何より「細雪」が大好きな私は見ていると小説の文章や背景が次々思い出され、興奮してしまいました。ピンクの柄の鮮やかな訪問着に水色の花模様の帯を締め、黒い大きなイヤリングに真珠のネックレスを長く垂らし、ヒールの靴を履いたスタイリングの着物姿の四人姉妹の末娘”こいさん”が主人公になり、三人の男性と有馬の風景を楽しむという短編映画なのです。

 映画や舞台で、絢爛たる女優さんたちが演じてきた「細雪」を知っている私にとって、高校生の可愛い女の子が演じる”こいさん”には、はじめかなり違和感があって、ましてそのスタイリングもぶっ飛んでて、正直谷崎潤一郎の世界とは全く違うものだと感じていたのです。でも、娘の知り合いの方が着付けなどに関わり、娘曰く「いい仕事をしている」というこの短編映画を、私は何回も見直し、そしてシーラさんの英文の長いコメントを読んだ時、物凄く色々なことが腑に落ちました。

 日本人以上に着物が好きで、着物文化や日本文学を読み込んでいるシーラさんは、この”こいさん”のスタイリングや着物選びにとても悩んだと語っています。シーラさんの着物スタイルの本のレビューを読んだら、「あまりに行き過ぎている」というのがあって、髪の色も肌の色も違うシーラさんが、カラフルな帽子やアクセサリーを身につけて、色鮮やかな銘仙をまとっている姿は、シーラさんしかできないものだと感じるのも無理はないのだけれど、今回このプロジェクトに関わったシーラさんが、細雪の時代背景や有馬の地域性、自然を考えながら“こいさん”役の現代の可愛い女の子にふさわしい着物を選び、スタイリングしていったことが、着物の世界をいかに広げていくかという命題の解答になっていることに気が付きました。

 シーラさんという知性と情熱を兼ね備えた女性が考える、着物の世界は計り知れないものがある、私たち日本人がこうしなければならないと縛られているものは、高々何十年前の規範に過ぎない、何よりも自由で、何よりも生き生きしていて、何よりも着物を愛し、文化や自然や人間一人一人を大事に愛しているか、その根本を私は忘れていました。沢山の外国人にこれまでうちにある、沢山の着物を着せてきたことの意味は、彼らの心に、感性に何を残せたかということでした。娘は、最近使われることが少なくなった道行着をシャツの上に羽織り、その上にデザイナーさんに作ってもらった袴を付けて仕事していると言って、写メを見せてくれました。えーっ、道行使えるんだ。うちに寄せられている何十枚もの道行、雨ゴート、喪服、色留袖、そして義母の沢山のスカーフや宝石たちを組みあわせて輝かせる世界があるのです。

 

 この混乱しきった世界の情勢の中で、着物の世界はかけ離れた絵空事ではない、この静けさと闇と、そして闇があるから見える光のような気がしています