ファーストビズ

義母の葬儀の日にフランスのカップルが予約してきていて、日にちを二日後に変更してもらったのですが、急に気温が下がりこの冬一番の寒さの上、雨も降っていて、本当に申し訳ないなと思いながら玄関の外で二人を待っていました。一時を少し過ぎたころ、傘は差さずにコンビニの袋を持っておにぎりをほおばりながら歩いてくる背の高い彼氏と黒髪のロングヘアの女性がやって来るので、これはゲストに間違いないと遠くから声を掛けて挨拶しました。

 おにぎりの彼は185㎝の長身でエンジニア、お父様は何と夫とほぼ同じ年だそうでびっくりしました。明るい彼女は薬学部の学生、エジプト人のお父さんとフランス人のお母さんがいて、彼よりちょっと年上、5年位付き合っています。フランスは休みが長く取れるので2週間東京、京都、奈良、河口湖と回る予定で、今は銀座の高くないホテルに泊まっているのですが、人懐っこい彼らはゆっくりした英語で良くしゃべり、着物を着てティーセレモニーをしてから、夫の車で柴又の山本亭に行き、そこでしばらく時を過ごしました。

 なぜかいろいろなことにこだわる彼は、私が和風の傘を出してきて彼女に見せようとすると、家の中で傘を広げるのは縁起が悪いと諭され、山本亭の入り口で下駄箱に履物を入れるのに、番号札を見て「30は選んではいけない」(キリストの話をしていたけれど、よくわかりませんでした)駅前のお店の「金のうんこ」のグッズを呆れて見ながら、左足で犬の糞を踏むと幸運が訪れると言い、とにかくよくしゃべります。

 ショウガの漬物を買い、ジブリグッズなどを大量に仕入れ、今川焼を三つ食べ、団子を食べ、健康的で前向きな彼に「趣味は?」と聞くと、生きていることすべてが楽しく、それを味わうことが趣味だと笑いながら答えていました。でもおみくじを引いてもらったら、末吉(Fairly Good)で、Love の項目が<Give it up>なのを見て頭を抱えてしまい、正直こんなおみくじを見たのは私は初めてでしたが、フランス人のゲストがリピーターで来ると、違うガールフレンドを連れてくることもあり、まあまあどうなるか神のみぞ知るです。

 柴又のお店では店員のおばさま方に「イケメン!」と言われ、シャイな彼は照れていたけれど、ハーフエジプトの彼女は初めての恋だそうで、フランスの女の子とは情熱の度合いが違う気がします。そういえば「ジョーカー」と呼ばれていたフランスの女の子は皮肉屋でクールだった。フランス人は私にとってちょっと苦手なところがあったのだけれど、今回は随分意外なことが多くて、特に彼の両親がかなり高齢だということも、彼の性格を老成したものにしているのかもしれません。

 義母の黒羽織を彼女にプレゼントして、これから近くのすし屋に行くという彼らと別れを告げる時に、最初に彼女とハグして次に彼とハグしようとすると、こういう時はビズをするのだと言われ、教わりながら彼の両ほほに、自分の唇を音をたてずに付けて初ビズをした私は、彼の頬のざらざらした髭の感触が新鮮で、本当に心に残りました。こういう文化があるのだ。フランス人もたくさん来たけれど、こんな経験ははじめて、ファースト・ビズ、69歳にしてこんなことが出来るのは、幸せなことです。

 昨日の夜「Taken」(邦題は“96時間”)というパリが舞台のアメリカの映画を見ていて、無防備な17歳の女の子たちがパリに旅行に来てアルバニアのギャング団に拉致され、人身売買されかけたのを元CIAの父親がタイムリミットの96時間以内に助けるというすさまじいアクションものでした。ハードなシーンを私は見なかったけれど、何処の国にも世界にも物凄い暗闇と危険が渦巻いていることをしっかり認識しなければならない。

 数学者のピーターフランクルさんの両親がユダヤ人ということで迫害を受け、すべてをはく奪されて逃げていた時に、人間としての一番大切なものは頭と心の中にある。他は奪われても残るのは、自分が覚えた知識や技能、心あたたまる人間関係、そうしたことを大切に生きること。子供に豊かな人生を生きて欲しかったら、親が心豊かな人生を送ること、自分の生き方をきちんと貫くことが子供を幸せにすると教わったそうです。CIAのパパが、離婚して手放した娘を救えたのは彼の愛情と凄まじい技能だったということを、強く心に刻んで居なければならないと思っています。

ゲストが来る日はなぜか冷たい雨が降っています。昨日はドイツ人のカップルをベンツに乗せて、夫が柴又の山本亭まで連れて行ってくれました。フランスのカップルとはかなりニュアンスが違うドイツ組は質実剛健、セールスをやっている年下の彼は良く話すけれど内容がよく理解できず、37歳の彼女は天皇の誕生日が一緒で、喜んでいました。フランスの彼氏がいろいろ言ったことをドイツの彼に話すとことごとく否定するのがおかしくて、ビズは家族でするものだから、自分たちはハグして別れると、帰り際盛大なハグをしてくれました。感覚で生きるフランス人と、理論と実践で生きるドイツ人だというのが最近のゲストから受ける私の印象です。

 

それにしても、お寺の彫刻を見ながら好きな画家を聞くとサルバトーレ・ダリだと答え、クラシックが好きでギターとフルートを演奏し、バッハが好きな彼はやはりドイツ人だとおかしくなります。