頑張った‼  2023年10月

今週から家の周りは水道工事のため作業の車が入り、地面を掘り返していて、騒音もひどく、角地にあるので三方工事していると通るのも大変です。今日来るゲストはうまく来られるかと心配していたら、アメリカからの二人は何と高砂駅からタクシーで沢山の荷物と共に現れ、ウルグアイのマリアは少し遅れて到着、無事三人揃いました。ミシェルは猫と共に旅行していたこともある40代の女性、温和で知的なのだけれどウェイトが120㌔あり、メールにも自分の体型をわかっているから無理だったら仕方ないとありました。相棒は中国人のジェシーで、ミシェルとは同じ会社で働いていたことがあり、今はフロリダでアメリカ人の旦那さんと暮らし、フリーのフォトグラファーでマンガチックなジーパンを履いて時々奇声をあげる自由な小柄な女性です。子供はいないので、エンゲージリング、結婚指輪、記念の指輪と三つのダイヤリングをはめ、外国人に人気の紺の総模様の小紋に白地の鳥の模様の帯を締め、あっという間に完成、四角いお太鼓が気になったようでなぜこの形か?と聞かれ、ミセスはこういう風に結ぶと答えたら、それを聞いていたウルグアイのマリアが「私は独身だ」というので振袖のボックスから好きなものを選んでもらいました。40歳のマリアは長身で細く、綺麗な女の子で、私は南米のウルグアイからの初ゲストはもっと民族的なタイプかと思っていたけれど、ヨーロッパ的な顔立ちで何か国語も話し、仕事はオンラインでしていて日本には9月のはじめから滞在していて次は韓国に行くそうです。三人は仲良くなり、いろんな話をしていて、マリアが「私は彼氏と別れた」と言っているのを聞いていろんな人生があるなと思いながら、知り合いの方の奥様の形見の水色の振袖に、私が小さい頃から世話になっていた女医さんの形見の白地の麻の葉と竹の模様の帯を華やかに締め、長い髪が上手くまとまらないのをジェシーが手伝って綺麗に花をつけてまとめ、素敵な振袖姿が出来上がりました。

 ミシェルの短い髪もジェシーが花飾りを付けて仕上げているのを見ながら、私はこれまでの経験から100㌔を超えるゲストの事を思いだし、何だったら着せられるか考え、ありとあらゆるものを試してみようと結城紬、黒振袖、男物の大きい浴衣、力士浴衣、チリの女の子は何とか着れた浴衣など持ってきて、ミシェルに羽織ってもらったのだけれど、前が全く合いません。中に黒いフリーサイズのロングスカートを長襦袢代わりに来てもらているので、アレンジができるかもしれないと気がつき、ゲストの写真を見ていたジェシーが、体格の良いアメリカの母娘が浴衣、振袖ドレス、そして緑の夏物の訪問着を着ている写真を見て、この緑の着物はどうかと聞いてきました。これは夏物だから、私の頭の中には全くリストアップできていなかったのだけれど、汗をかいているミシェルには薄い方がいいと気がつき、タンスから出してきて試してみると、今までの中では一番大きいようです。

 ふと娘の作った作品集を思い出し、ミシェルに見せながらレースやショールを使ってアレンジするとカッコイイよと言いながら、衿にはレースを付け、前が見えるところには黒いショールをかけて、選んだ袋帯も帯揚げも帯締めも全部使って頑張って頑張って仕上げました。この時点で、三人連れで柴又へはいけない、二階も上がれないとわかり、家の中で勝負しようと思った時、ジェシーのフォトグラファーとしての才能が光りだし、ソニーのカメラを手に、みんなの写真を撮りだしたのですが、アップが多くて表情の切り取りが上手いのです。私はどうしても全身を撮るだけで終わるのだけれど、総模様の鮮やかな水色の振袖もマリアの表情を作るための背景の一つとして考え、マリアの微妙な感情の機微を感じ取れるセンスに、感銘を受けました。ミシェルを撮る時も、隠したい部分はうまく角度を変えて、よく知っている彼女に対する敬意と愛情を私は感じていました。カメラマンとは黒子です。相手が光り輝く瞬間を、自分の感性と合わせて撮っていく、私もコロナ最中に写真撮りをしたことがあるし、フィリピンでは海辺で何十枚と写真を撮ってもらったことを思い出すと、撮り手の人間性や世界観の方が強く現れる気がしています。外へ出ると日の光があって着物の色が良く出るので、工事中の車も止まっているけれどみんなで外へ出て、撮影をしていると、何と工事が終了して片付けている現場の男性が寄ってきて、自分も同じソニーのカメラを持っていて慣れているから、みんなの写真を撮ってあげると言ってくれて、三人並んでイケメンの男性に記念写真を撮ってもらい、嬉しそうなみんなを見て、撮り手次第で表情も変わるものだと私はおかしくなりました。

 でもこんなことはめったにないのです。通りすがりの女性に声を掛けられたり、工事現場のみんなに見られたりしながら、日本人の感覚が変わってきたことを感じ、無視したり全く存在しないかのように見過ごされることが多い中で、なんだか妙な気持ちになりましたが、今日のゲスト三人がそれぞれユニークで、着ている着物も思い出深い昔の振袖や小紋だったり、京都の有名な着物作家堺映祥さんの手描きのひとえ、何十万もするものなのです。

 家の中に入って、今日はことさら丁寧にティーセレモニーをやろうと、まずミシェルがお茶を英文で説明したもの三枚を丁寧に読み上げ、それを聞きながら私が三人に抹茶を点て、シャッター音が連続して鳴るのを聞きながら飲み方を説明して飲んでもらい、それから三人それぞれお茶を上手に点て、私がいただきました。京都でも抹茶を飲んだけれど、ただ飲んだだけだとジェシーが言って、最後にミシェルも座って一番うまく点ててくれました。プレゼントをあげて、大荷物を持って、マリアも手伝ってくれて、三人は仲良く帰って行きましたが、柴又へ行かず二階も上がらなかったのに、私は目が回るほど疲れました。どうやっても前が合わない、どうしよう、でも何とかしなくてはならない。夫が手伝ってくれていた頃は、すぐ「無理だよ」といってしまうのだけれど、それだけは言ってはいけない言葉で、どこかに救いは絶対あると信じて、あらゆる手を尽くせばいい、沢山の着物に助けられ、新しい分野を開拓している娘の写真集に助けられ、泥まみれになって水道工事をしている男性に助けられ、と考えていた時、もしこれがジェシーとマリアだけだったらこんなに注目されなかったような気がしてきました。ミシェルが来た時も、なるべく彼女の体は見ないようにして来た、でもこれが今日の命題だったのです。試行錯誤を繰り返し、レースやショールを使って着物姿にして「OK」と私が言うと、ミシェルは「Good Job」と言ってくれました。うまくいったかどうか、本当にわからないけれど、ジェシーにはずいぶん助けられ、明るいマリアは笑いながら座を盛り上げ、茶道についてのレジュメをミシェルは音読した上でお茶を点てて飲んでくれ、すべてを思慮深く見つめながら最後ハグをしてくれた…人間とは不思議なものだと思います。すべてを見通して、よしとしてくれた大いなる天の配剤に、心から感謝しています。