インドの魂  2023年10月

 水曜日に入っていた予約がキャンセルになり、今日はのんびり買い物に行こうと思っていたら、インドのゲストから朝一番にメールが来て、今日早めの時間の体験ができるかと問い合わせてきました。OKと返信してから、インドに送る小包の宛先について疑問点がいくつかあるので、それを聞くことができると気がつき、結局定刻より少し遅れて浅草から来た40歳の女性を迎えました。日本にも支社があるスウェーデンのIT関係の会社に勤める彼女は一人っ子でお父さんはコロナで亡くなり、私と同じ年のお母さんと暮らす優秀な女性なのですが、独身で、それを密かに嘆いています。このところ一人っ子のゲストが多いし、母一人子一人とか、シングルマザーとかいろいろ悩みを持っていて、たまに泣かれたり身の上話を聞いたりしていると、みんな何らかの形で孤独を抱え生きていることを感じています。

 大柄なAnchalは紺の菊の花の訪問着か赤の振袖か迷った末に、華やかなサリーのような振袖を選び、髪もきれいに結って素敵な姿になりました。前に夫婦で来たスリランカの奥様が、褐色の肌であることをとても気にして写真をいちいちチェックして駄目出ししたのだけれど、Anchalも予約してきた時、自分は褐色の肌だと最後に書いてきて、それからたくさん写真を撮る時も私は光の加減に気を付けて、明るく写るように気を付けました。

 水曜日の柴又は空いていて、ゆっくりコースを巡り写真を撮り、彫刻の前でいろいろな話をしている時、彼女がふと「イキガイ」という日本語を口にして、どうも高齢者の意欲を増すための意味合いの言葉として言っている気がしました。彼女のお母さんは働いてはいなくて旅行を楽しんでいるようで、同い年の私はエアビーの仕事が生き甲斐のように見えるらしいのです。天職が60歳過ぎて見つかるのも凄いことだと自分でも思うけれど、外国人がたくさん来て着物を着せてもてなすというコロナ前の楽しい体験が、生き甲斐だったかと言うと、最近ちょっと違和感を覚えだしてきています。

だんだん予約が減ってきて、同じ業種の体験も増えてくるし、京都や浅草でもレンタルで着物を着て街を歩く外国人は、辺鄙な私の住むこの地域に来ることを選ばなくなってきていて焦り始めた時に、実母や義母の具合が悪くなり、介護や看護に明け暮れるようになるとエアビーの仕事どころではなく、暇になったのも天の配剤かと考え、実母を看取り、義母が介護サービスに世話になった頃に、コロナウィルスが蔓延し始めました。三年近くステイホームで閉じこもる日々が続き、毎日感染者数の速報を眺め、すべてを諦めながら、もう外国人に着物を着せる日など来ないだろうと思っている時に、ボチボチ、それこそ半年で5人位、日本に留学していたり働いている外国人がマスクをしてきてくれて、うちの中だけとかマスクをしたまま柴又へそっと行ったりできるようになり、少しずつ少しずつアジアの若者が一人で来たりするようになりました。私は3つ年を取り、顔のしわも増え、衰えてきた分、言っていることも変わってきたのでしょうか、レビューが感激したというものが多くなり、泣いたり笑ったりプレゼントを渡されたり、思いがけない出会いがたくさんあって、通算1100人の外国人がこの高砂にやってきたのです。

ずっと日本に居ながら、世界中からゲストがやってきて、4時間みっちりと魂を込めて仕事をし、相手のいろいろな感情や気持ちを着物と共に味わえるということはイキガイだと、上から目線で言える時代ではとうにないし、正解などもう世の中にはない気がしています。良い学校に入って良い会社に入り幸せな結婚をしてという、私達が理想として来た人生、大きな家に住み沢山の車を持ち別荘を持つ財力があっても、あふれんばかりの数の友達がいても、運命の歯車はいつ狂いだすかわかりません。災害や戦争や、自分の精神の破綻、苦しみが現れているこの不安定な世界に、私達は今暮らしています。

歳をとって体の不調を感じ、何処まで生きられるかわからなくなってきた時、私がやって来たエアビーの仕事に対してとても興味持つ人々が日本人外国人を問わずいることを強く感じています。イキガイとは、やりたい事をやって旅行に行って美味しいものを食べて美しい景色を見て、楽しく暮らすこと、自分だけが良ければいいのではない。私がやって来たことを知りたい人がいるなら、それを残さなければならない、沢山のゲスト達が着た美しい着物姿、宗教観、仏教、道教、カトリック、プロテスタント、モルモン教、イスラム教、神道。私は何かを伝えなければならない、何かのミッションを達成しなければならない思いに強く駆られています。多分これから異常な気象状況などに悩まされる日々がくるでしょう。何かを考え、前に進むヒントを携えてくるかもしれないゲスト達との対峙も変わってきています。

みんな真剣に生きている。肌の色も国籍もみんな違っていたゲスト達の魂と、真摯に向き合っていこうと思います。