光の糸 2023年11月

 水曜日に来たアメリカの母子と一人旅の50代の女性は体重差が40㌔あり100㌔までいかなければ何とか着せられるとは思っていましたが、先に現れたベルギー生まれでスペイン人の旦那様と4人の子供とカリフォルニアで暮らしているビーガンの女性に黄色の華やかな訪問着を着せている時に、15分遅れで現れた親子と挨拶をかわし、明るい二人の体型を見ながらなんとか突っ走るしかないと覚悟を決めました。「大丈夫?大変ね」とささやく少し浮世離れしたタイプのベルギー人のエルネスティは細すぎて寒がりで、長襦袢に袷の着物を着せて帯を締めるときついと言いながらなんとか着付け、その間所在なさそうに二人はお菓子を食べ、あちこち見ています。この前来た120㌔の女性も、勿論自分の体型をわかっているから着ることが無理なら諦めるとメールに添えられていたけれど、みんな私のところへ来てくれた時点で、物凄く期待しているというのは切実に感じて居ます。23歳の娘さんには赤の大きい振袖、カラフルなドレッドヘアの看護師のママには、着物作家堺映祥さんの麻の単衣の網代模様の一点物の着物を用意して、まずヘアメイクをしてもらうと、若いナイちゃんはお団子にした髪に沢山髪飾りを付け、ほつれ毛も手でカールしてとても可愛く、私は絶賛してそのまま振袖を着せ、前身頃も合ったし胸元はどうしても厳しいけれど、素敵な姿になり、何といっても顔が輝き出し、頭の回転が速く多彩な才能を持っている彼女はいろいろ話をしながら、だんだんテンションが上がっていくのが感じられます。

 鏡を見つめながら髪飾りを10個付けたママに薄緑にベージュや茶色の模様の網代が描き尽くされている、なかなか着るのは難しい柄の着物を着せると、ママのカラフルなドレッドヘアと着物の模様がマッチして、ママはこの着物を着こなせるとわかりました。バストは合わないし、座るとインナーのシャツが見えてしまうので、柴又へ行く電車の中で前に座っていた女性から注意を受けました。着物警察さんの言い分もわかるけれど、黒人の方の体型は特殊で、肉付きが違うから、着せることができ、外へも行ける状態に仕上がった時点でもう十分で、あとはトークと写真撮りと風景や仏教彫刻の素晴らしさを堪能してもらえればいいのです。

 ギャラリーに言われたニュアンスを感じたママは、それからは胸元を合わせるよう努力してくれました。でも、私にとって堺映祥さんの着物をゲストに着せて外に出られたのは初めてで、着物と髪の色合いがマッチし、何よりも嬉しそうな表情や堂々とした体躯がこの着物を着るためには必要だとわかったのです。振袖のナイちゃんは嬉しそうでどんどん顔が綺麗になり、「可愛い!」と道行く人に声を掛けられると「アリガトー」とちゃんと答えてくれるのが誇らしいのですが、私はだんだん疲れが溜まり、帰りは気力で駅までたどり着いて、今川焼を食べてもらいながら電車を待っていると次の日のゲストからメールが入りました。

 「私の友達は女性だけれど、男物の着物が着たいのです。大丈夫ですか?」大丈夫です。こういうケースは何回もあったけれど、その度に私の中に違う感情が生まれ、違う認識が生じてきました。それぞれ違う、微妙なバランスに気を配りながら、緊張して集中して彼女たちを迎えます。それでも最後に助けてくれるのはたくさんの着物たちです。静かに棚の上に収まっている着物たちは、ゲスト達が来るといろいろな光を発しだし、どの着物と結びつくか最後までわからない中で、一枚の着物から出された光の糸が、ゲストの魂と結びつくのです。どんなに疲れても、ゲスト達が何かを求めてここへ来てくれる限り、私と着物たちは物語を紡ぎ続けます。