最近は突然予約が入ることが多くなり、土曜日曜と二日続けて仕事をしました。膝の不調に加えて血圧の薬も飲んでいるからなんとなくだるくて、ゲストが来ない日はゴロゴロベットで休んでいるけれど、いざゲストが来るとスイッチが入りいつものように猛烈に動くので、みんなが帰って夕ご飯を食べた後は体が動かなくなります。このまま倒れたらどうしようと思うけれど、まだ何とか動いています。帝釈様の仏教彫刻の「病即癒える」という版を見て、生老病死について深く悩み若くして出家したお釈迦様が自分も深く年を取ったと感じた時、命というものはいつかは終わるのだと考え出したことを思いだし、その境地を実感し始めています。
土曜のゲストはイギリスのマンチェスター近くに住む32歳の女医さんで、三年前に教師をしている同級生と結婚し、パパはドイツ人ママはイギリス人で一人っ子なのですが、救命医療に携わっていて、毎日ストレスの多い仕事をして疲れ果てるというのです。一生懸命仕事をして、そのあと休暇をとり、好きなアジアを旅行しているのだそうですが、首筋には湿疹がたくさん出ていて、医師という職業が大変なんだと強く思わされました。イギリスの牧歌調の可愛い家に住み、幸せに暮らしているのだけれど、毎日の仕事が生死をギリギリのところで救うことだというのは重いくびきのようなもので、結婚式の写真など見せてくれたけどあまり顔が輝いていなくて、髪をアップにして簪をつけ、振袖や緑の単衣を着た着物姿の彼女の方がすてきで、着物の力は無限だなとつくづく思います。アニメはジブリが好きというので、柴又の駄菓子屋さんに寄りジブリグッズを見てもらっていると、自分のではなく私にプレゼントしてくれるというので、トトロの小さな付箋セットを買ってもらいました。
本当に最近こうやって労わられることが多くなったと感じるのですが、翌日来たパパがイタリア人ママがナイジェリア人でニューヨークに住む36歳のジェニファーもとても優しく、お寺で靴を履く時肩を借りたら、それからずっと私と腕を組んで支えてくれました。最初は近所づきあいをしていて友達だったのが、今はボーイフレンドになったというプエルトリコ人のエリックは44歳、政府の法律関係の仕事をしていて酒好き、前日皇居付近を歩き回って夜にラーメンを食べ缶ビールを4本飲み、翌日の昼は天婦羅を食べ、うちで着物を着て抹茶を飲んだら、帰りのホームで胃が気持ち悪いと言い、すぐ着物を脱がせると、そのまま駅のトイレに籠ってしまいました。
待っている間ジェニファーと私はベンチに座って「男はしょうがないね」とため息をつきながらガールズトークをはじめ、心に孤独を抱えたゲストが一人で来て、悩み事を打ち明け泣き出すこともあると私が言うと、ジェニファーは目を丸くして聞いていました。プエルトリコからフロリダに来て今はニューヨークで暮らすエリックがファミリーが多いのが嬉しいというジェニファーは、イタリアとナイジェリアのハーフであることが大変だろうとは思うけれど、去年来たタンザニア人のママは20歳の時バーで知り合った12歳年上のハリソンフォードのような男性と結婚して三人の娘さんと幸せに暮らしていたし、かと思うとナイジェリアのハーフの女性はデンティストでとても綺麗なのに、ヘアアイロンまで持ってきてセットをして、着物を着て外に出てからもひっきりなしにセルフィ―で写真を撮り、私や他のゲストも彼女に頼まれて沢山撮ったものが皆気に入らず、彼女の望んでいるのは一体何なのだろうと考え込んでしまったこともあったのです。
仏教彫刻にも庭園にも感動せず、そそくさと帰り勿論レビューもなかったのだけれど、こんなに綺麗なのに自分の理想としている姿ではないということがずっと彼女の気持ちを縛り付けているんだろうなとため息が出る思いでした。ジェニファーは明るすぎるくらい明るく、ひょうきんで、でも色々な辛い思いをしてきたのだろうけれど、それは誰でもあります。沢山のゲストと一緒にいて、国や民族や出自や家族など、いろいろなことで悩んでいる姿を見る時、でも私も一緒だよといつも思うのです。回復して元気になったエリックを連れて家に帰ると、何と夫が日本酒を買ってきて用意して待っていて、エリックには少しだけよと強く諫めたのだけれど、彼はどこ吹く風で美味しそうに飲んでいます。最後にジェニファーには着物、エリックには講道館100周年と刻まれた木の小さな升をプレゼントするととても喜び、ジェニファーは泣きだしてしまいました。ティッシュの箱を持って彼女のところへ行き、抱きしめながら「I love you」とささやき、一期一会で4時間一緒にいただけの異国人のゲストの魂と触れ合える喜びを強く感じています。
人が最後に得られるものは、ただ人に与えた物だけである。そんな言葉を思い出しました。4時間という短い時の中で、私は魂を込めてできる限りのものを差し出します。子供たちもお世話になった小児科のお医者様の息子さんに今見てもらっているのですが、私の仕事にとても興味を持って下さり、診察の合間に色々聞かれることを夫に言ったら、東京のはずれでずっと暮らして医療の仕事をしていると、刺激が欲しくなるんだと漏らしていました。65歳で仕事をすっぱりやめた夫は、沢山の外国人をホスティングしながら、知らない国や知らない民族との会話を楽しみ、時々ゲストと一緒に外でタバコを吸えるのが面白いようです。
もう少し、もう少し、仕事ができますように。薬を飲んで、血圧を正常値に戻す努力をします。