点子ちゃんとアントン

 子供の頃好きだった本に、エーリッヒ・ケストナーの「点子ちゃんとアントン」というドイツの本があります。「愛の一家」「少女パレアナ」「赤毛のアン」などその頃好きだった本はどこの国のものかなど考えたことが無かったのですが、今たくさんの国から外国人が来て、4時間みっちり相手をしていると、その国の特性が読んだ本の中に表れていたんだと思えることがあるのです。年を取ってきて、今さっき考えていたことをすぐ忘れてしまう私ですが、小さい頃に読んだ本の内容はいまだ覚えていて、妙なタイミングで頭の中に出てきます。

 昨日はドイツのベルリンからソフトウェアエンジニアのアントンと薬剤師の奥様、オーストラリアから屋根職人のハリーとICUの看護師のクロエが暑いさなかやってきました。ドイツ人は真面目、アントンは肩からソニーの大きなカメラを下げ、丸いサングラスをかけた細い奥様と時間ぴったりに現れ、丁寧にあいさつすると部屋の中を仔細に観察しています。少し後で現れたワイルドなハリーと丸っこいクロエは正反対のキャラクターで、tattooをたくさんしていて、食べ物の好みもドイツ組と全く違うのです。

 夏のような暑さなので、初めから浴衣で行こうと思ってたくさん並べておいたのを各々組み合わせて選び、ヘアも簡単に作ってくれて楽で、高身長の男性たちはハンガーにかけておいた浴衣や紬を見ているうち、アントンは薄い紺の紬を、ハリーは仕立て上がったばかりの、絽の喪服を男物の単衣にした着物を選びました。これはつい先日呉服屋さんから届いたばかりのもので、喪服だけでも20枚以上いただいていて生地が素晴らしいものなどどうしようと私はずっと悩んでいたのですが、最近は男性が浴衣を良く買いに来るという話を聞いていたので、高身長の方に対応できる男物に二枚仕立て直し、そのうちの一枚が涼し気な絽だったのです。ハンガーにかけて置いたら、tattooをたくさんしたハリーが気に入って手に取ってくれて、私はこんなに早く出番が来たことにびっくりしました。素晴らしい絽の喪服だけれど、これが葬儀や法事で着られることはこれからもまずあり得ません。少しお金はかかるけれど、しつけがかかっていて未使用なのにしまいっぱなしでカビが付いている着物を洗い張りし、仕立て直したら、その素晴らしさがわかる外国人が着てくれる、これぞ日本の文化の再生だと思うのです。

 ひで也工房の白地に紫のアザミの花がひっそりと咲いている浴衣に夏帯を締めたアントンの奥様は丸いサングラスをかけて陽気にポーズを取り、インターネットで知り合って結婚したアントンと際限なく写真を撮り続け、駄菓子屋ではカードで日本の古いお菓子を沢山買い、漬物屋さんでも興味津々で、肉が大好きでスパイシーなものは初めからダメというクロエとは正反対、本当に国が違うとこんなにも趣味嗜好が違うのかと感心してしまいます。

 暑くて気分が悪くなったらすぐ脱げるように中に私服を着たままで浴衣や紬を着せ、袂から風が入るので幾らか涼しいと言いながら、寺の庭園で沢山写真を撮り、彫刻版のエリアに行くと感心して見ていたけれど、若いハリーは独特の感性を持っているようで、スマホに入っている繊細なタッチの線書きの絵を見せてくれ、半分の般若の顔に違うものを足すと言っているのを聞き、仏教やキリスト教について少し聞いてみると「仏教はレインカーネーション(輪廻転生だ」と言ってきました。いろいろ考えているんだろうなと感じ、反対にドイツ組は質実剛健、勤勉でアパートに住んでいて二人とも仕事があるから犬や猫は飼えないとのこと、オーストラリア組は広い広い庭のある家で大きな犬が三頭いると聞き、何がいいんだか悪いんだか本当にわからない時代だと思うのです。

 これから一蘭でラーメンを食べるというオーストラリア組と、ホテルに帰るドイツ組を見送って部屋を片づけていると、ドイツ奥様の青いシャツがハンガーにかかっているのを発見し、夫はあれほど忘れ物をしないでと念を押したのにと嘆くのだけれど、真面目なアントンはしばらくしてメールをドイツ語で送ってきて、明日の11時に取りに来るとのことです。

 翌日は久しぶりにテナントを見に来るという方が来るのでなるべく着物をしまい込み、彼女のシャツにもアイロンをかけ、綺麗な紫のアクセサリーを付けて11時に来たドイツ組に渡すと、彼らはこれから谷中銀座へ行くとのこと、クロエからは「一秒一秒すべてを楽しんだ」というレビューが来ていて、本当に人種のるつぼとなった我が家は、どんなアクシデントがあっても怖くない気がしていますが、あとで来たテナントの仲介をして下さる方が、コロナ禍の休業を経て、私達が延々とこの仕事を続けていることにいたく感動していました。

 もしテナントが決まって一階が使えなくても、二階の和室やリビングで出来るし、私の体が修復されればもう少しこの仕事はできます。若い時何で勉強するのかわからずエスケープして彷徨っていて、自営業も子育ても介護も一生懸命こなしてきても、何をすることが自分の使命となるのか、どうしてもわからなかった私ですが、勉強は何のためにするのか、今はわかります。やって来る外国人の性格やアイデンティティー、お国の今の事情をなるべく細かく知り、4時間過ごす時に相手の中に入り、彼らが心地良くいろいろな文化を感じることで、自分達の生活をブラッシュアップするきっかけとなるよう、自分の知識や気づきを増やしていくためです。

 古稀を迎えてやっとわかったことは、人間として生まれた私たちにとって、一番大切な事は、人生の目的をはっきりと見出して生きていくことだということです。お釈迦様の言葉を借りれば、智慧の眼を開き、慈悲の心を持ってみんなの幸せを願い、皆と共に救われることが、私達の使命であり、目的なのです。心が安らかになる。安心を得る。あるゲストが孤独だと言ってボロボロ泣いていた時、私はただ彼女を抱きしめて一緒に泣いていました。生きていく上での不安や迷い、怒りは心の病をひきおこします。自分が正しい、自分の思うようにしたいと願って苦しむなら、それらを思い切ってポーンと投げ捨て、心を柔軟にして現実を素直に受け止め、笑顔になって欲しい、迷いや欲を捨てて自然のままに生きる。こういうことを日本語で言うことは難しいし、英語で言うなんて無理です。だからすべての思いを込めて、私はただ「I love you」とだけ言います。初めて会って、4時間一緒にいて、着物を着てティーセレモニーをしてたくさんお話をする。私はすべてを、私のすべてを差し出して、相手のゲストの魂を愛します。

 最近見るネット情報で、スーパーやコンビニで売っている食品の添加物は恐ろしいものがたくさんあり、食べられるものがだんだん限られ、梅雨前だというのに暑い真夏日が続き、妙な病気にかかる人も多くなってきています。正しいと思うことを、正しい心で、正しく続けていく、私はそうやって体験を組み立て、暑さをしのぎながら、これから生きていきます。少し膝が楽になった、血圧が落ち着き、目も何とか大丈夫です。ありがたい限りです。