柿の葉寿司

 関西を旅行しているアシュレイに暑いけれど大丈夫ですかとメールを送ったら、水をたくさん飲んでいると返事があり、柿の葉寿司を新幹線で食べたと知らせてくれました。小さいビンのサケも飲んでいい気持で昼寝をして、とても良い体験をしたとあって、私は可笑しくて仕方ありません。一年前にアシュレイと二人で着物を着て歌舞伎を見に行った時のお昼ごはんが柿の葉寿司で、初めてだという彼女が柿の葉ごと食べようとしたのを慌てて止めた私は、柿という英単語がわからず、スペイン語ではそのまま「カキ」というのだと妙な説明をしていたら、隣で一人で弁当を食べていた女性が「persimmon」と教えてくれてあわててお礼を言ったのだけれど、初見の単語ですぐに覚えられないし、だいたいアメリカに柿はあるのかしらと疑問に思ってしまったのです。外国人と着物を着て歌舞伎見物をするというわたしの夢が叶ったという喜びと、その時女性が食べていた弁当の美味しそうな牛肉の匂いが今もよみがえり幸せな気分になるのだけれど、それはアシュレイも同じなのでしょう。

 イギリスを訪問している天皇皇后両陛下に対するチャールズ国王のスピーチが全文公開され、日本語のそれをグーグル翻訳で英文にし直して興味深く読んでいます。どんな場面でもいつもお二人で話をしている様子を見ていて話題が尽きないんだなと感じながら、皇后陛下は外交官で通訳もしていらしたからすべての単語がわかるのだろし、会話も果てしなく続くのだろうと思います。カミラ王妃は過去に色々な問題やスキャンダルがあった方だけれど今は堂々と公務をこなしていて、雅子妃も適応障害で長い事表舞台には出てこない時期が長かったのですが、お二人が白いドレスに白い帽子を被って同じ馬車に乗り、ずっと話をしているのを見ると、時代は急速に動いていて、今この時を生きるということがとても重くて大事だと感じるのです。

 雨の日をずらして月曜日にアメリカのSan Joseから来た中国ファミリーは68歳のお母さんが中国語しか話せず、40歳の娘さんはIT関係でバリバリ働き夫もエンジニアでやり手のようですが、中国人ドライバーのタクシーで到着したあと、一時から4時までの体験をどう組み立てるか、私はかなり迷いました。柴又を訪れている中国人の女の子たちは何時間も写真を撮っているだけで文化には興味がないことを見ているし、6歳の女の子がいて猛暑なので、家の中で何枚か着物を着せてティーセレモニーをするだけで終わろうと思ったのですが、コミュニケーションが取れないままにママにとりあえずたくさん着物を見せると、ダメというジェスチャーが多くて、袷の臙脂の色無地を長襦袢なしで着せ、馬の柄の帯を締めて終了、黒いヘアバンドを付けて紅を差すと素敵でした。

 中国の長春で暮らしていたのだけれど、娘さんの一家とアメリカに移住しても知り合いもいないし淋しいようで、でも孫の女の子をとても可愛がって世話をしているのです。娘さんは簡単なワンピースを着てノーメーク、髪も短く、「メイクアップしてくれるか?」と聞かれて「ノー」と断ると、シュッと香水をつけ真っ赤な口紅を付けてそれで終了、真紅の振袖を着せると綺麗で、夫が写真をたくさん撮ってくれました。一番手間のかからないのが6歳の女の子で、ピンクの浴衣にトトロの柄の帯を締め七五三の草履を履いて喜び、そのうち子供用のボディに長襦袢を着せて帯揚げを兵児帯代わりに使って、いろいろスタイリングをはじめました。私のところへ来て「Can I use your crip? 」と可愛く言って、それを使って斬新な着物姿を作っている姿は、小さい頃良く遊びに来ていた日本の女の子のナギサちゃんのようで、この子が一番日本の文化を楽しんでいるようでした。

 職場にはインド人も多い様で、海外でしっかり仕事をしている若い世代を見ていると私は圧倒され、そういう道を選択できず勉強する意味がどうしてもつかめなかった自分が情けなく、だから子供にも何も言えずに、結果として甘やかしてきたと非難されるのも当然なのです。でも前に一人旅で来たインドの青年が、勉強しろと言われ必死でしてきたけれど、心が不安で納得していないと、他の国のゲストとアイスクリームを店で食べながら話していたことがありました。

 今日の中国の女性も一人っ子政策の時に生れ、勉強に励みアメリカで高収入を得て親も呼び寄せ暮らしているけれど、何にも満足していない感じがあり、求めるものが多いけれどそれが何かわかっていない不安定さを感じます。仕事があって家族がいて海外旅行にも行ける彼女は全部自分できめて生きているのに心の余裕がない、文化を受け取る気持ちがないから、何にも喜べない気がして、多分この体験のレビューも書いてくれないと私は思っています。最後に浴衣に着替えて玄関の外で写真を撮った時のお義母さんの満面の笑みと、子供用の長襦袢をドレスのように羽織った女の子の喜びようが私にとって救いでした。

 ハイテク産業の集積地、シリコンバレーのゆるやかな丘陵地帯に囲まれたサンノゼは、世界的な半導体メーカーがこのエリアに集まり、ソフトウェアやインターネット関連企業の一大拠点になっています。世界中の優秀な層の人達が集まり、最後まで競争に生き残った人々が企業やサービスは世界にかなりのインパクトを与えられる存在になるし、世界中から人々が集まっていることから、多様性を認める文化でもあるため、外国人にとってはとても住みやすい環境です。

 今までヨーロッパやUK,アメリカから来るゲストの職業はIT関係が多く、高収入で安定していることが彼らの振舞でわかるのですが、GAFAという名だたる企業から来るゲストのキャラクターがどうも妙なのに気が付きだしたのがコロナウィルスが蔓延して渡航がストップしたころでした。なんとなく目が虚ろで、物事をしっかり見ない彼らに比べて、最近多くなったいわゆる「ブルーカラー」のゲスト達は、沢山並べてある着物の中から一番高品質の着物を選び、さらっと着こなして柴又へ行くと、仏教彫刻や宗教に対してもしっかりした意見を持ち、スマホの中の自分の作品を見せてくれたり、駄菓子屋さんで私のためにジブリのブローチやトトロの付箋紙を買ってプレゼントしてくれたり、思いがけない行動をとるのです。

 今自分が何の勉強をすることが必要なのか、AIが優れていると喜んでいるうちに、もうAIは戦争をどう変えてるかという論議にまで行きついてしまっている。自分の感性、思考、アイデンティティを壊してしまうような勉強がどうしてもいやならば、考え抜いて選んで、学びを続けていく努力をしないといけない世の中なのです。今が踏ん張り時、アシュレイ、ジェニファー、ガエタノ…みんな頑張って生きている事でしょう。私ももう少し頑張ります。

 なんだか柿の葉寿司が食べたくなってきました。