正しい指標

 37度という猛烈な暑さの中で暮らしていると、思考能力が衰え、何をする気にもなれません。予約もないし、この暑さの中で着物を着ることは誰のためにも良くないと感じ、リハビリやお盆の支度、そしてアメリカのゲストに送るプレゼントの荷造りをしています。初めて整形外科に行って膝を見てもらい、若い理学療法士さんにこれまで3回リハビリをしてもらったのだけれど、おとなしい小柄なこのお兄さんのやり方が物足りなく感じてしまい、北海道の知人に勧められた「100年足腰」という本を読みながら、身体の修復力を最大化する方法を探っています。リハビリ室で40分間筋肉のマッサージや正しい使い方を教えてもらっている時に、ついつい私は相手がどんな方だか探りを入れる質問を重ねていて、今日は小さい頃に厳しい父親にプールに投げ込まれ、浅瀬で溺れそうになったトラウマから水は苦手になり、いつもプールの端っこにいたことや、この仕事に就いたのはひどい肘の骨折をして長期間リハビリをしていた経験からだという話を聞きました。おとなしくて繊細で真面目な彼は一日部屋の中にいると感覚がおかしくなるから、暑くても昼休みは外に出ると言いながら、びっしり詰まったノルマをこなしています。   

 うちは整骨院が家業で、沢山の若いスタッフの世話をしていた時代を私は思いだし、いまゲストとして海外から来る若い外国人と彼を比べたりしながら、でもとにかくこの膝の痛みが緩和され動けるようになるために知識を増やし、正しいトレーニングをして修復していけばいいと思っています。東京都知事選挙が新しい感覚のカオスの中で一応終わりをつげ、能力と行動力のある新しい若い人材が出てきたことに目を見張り、欲にまみれた人間たちの行動といまだ復興していない輪島の現状をレポートしたニュース番組を見て、正しい努力で正しい方向に向かおうとする規範さえ提示されれば、心あるものはほっとできるのだと感じています。

 それにしてもスーパーやコンビニにある食べると危ない食品の多い事に驚いていたら、電子レンジも電気ポットもラップもプラスティック製品も人体に悪影響を及ぼすとあって、やかんでお湯を沸かしてお茶やコーヒーを淹れ、なるべく昔の生活に戻すようにしています。夫の大好きなマックの残りをさっき食べたら、初めは美味しいと思ったけれど最後にいつまでも残る嫌な後味が悪い物質なのだと感じ、もう買ってくるのはやめようと決めました。

 義母の納骨後にコロナ感染で亡くなられたご住職様に、生前戴いた英語の「SOTO ZEN」という本の中に、人間の文明は癌のようなものであると思えるという文章がありました。「がんは自然の摂理に従わない私たちの体の一部にほかなりません。がんは体の他の部分と調和せずに、思うがままに増殖します。肉体は死ななければならないが、がん自体も体の一部であるため、死ななくてはなりません。私達人間の生活には、がんと共通する側面があります。私達は自分自身の幸福と満足のためだけに一生懸命働きます。欲望の充足を追求することは、現代社会における基本的な権利と考えられて居ます。しかし欲望に基づいた人間の活動は私達に問題を引き起こし、この地球上の相互依存的な起源の生きたネットワークを着実に破壊しています。」そして文明は、私達人間の命も破壊しようとしている今、いったい私達はどうしたらよいのでしょうか。

 「SOTO ZEN」の文章は続きます。「自分自身を勉強すること。正しい見方、正しい考え方、正しい言葉、正しい行動、正しい生活、正しい努力、を正しい心で行わなければなりません。」それを声高らかにはっきりと自分の言葉でいう若い人が出てきています。トップがダメだったら船は沈む、そしてその前にネズミは逃げ出してしまいます。身の回りを軽くして、欲をなくし、動きやすい体を保ち、不平不満を言わず、どんな年齢であっても前に進む努力をしなければなりません。

 とにかく辛いことから逃げない。じっと耐える。そうすれば逆風がふっと追い風になった時、あれだけ頑張ったのだから、行けるだろうという、自分に対するよどみない自信が生まれ、一気に力を発揮させることが出来る。人生では自分のスキルを使ってどう投資していくかが大事で、感受性、表現力、鍛錬を重ね、感覚を研ぎ澄ます努力をし続けること。そのことだけを考え、進んで行けばいいのです。人間は不都合を受入れれば入れるほど、能力が伸びていく。都合の悪いことを克服することで、それまでの自分にはなかった発想、言語、スキルが身につくのです。時代を超えても感動が残るもの、多くの人の心を豊かにできるものを作る。

 イマジネーション、想像力、そして積み重ねてきた感動も記憶です。そして現状維持では未来はないのだから、本当にいいもの、本当に豊かで質の良い体験をしてもらうには、世界に一つしかない最高のものを作らなければいけない。本当の難しさは自分の中にある。自分で問題を解決して、自分で納得する。それが出来なければ相手に納得してもらうことはできない。一番大切なのは、自分の中にある問題を解決するための体力、気力、知力です。時代を超えても感動が残るもの、多くの人の心を豊かにできるものをつくる、この前買った佐々木香輔さんの快慶の写真集を思い出しました。あの圧倒的存在感は、彼の限りないイマジネーションなのです。

 信頼できる医療、リハビリ、食生活の改善、生き方の見直し、あまりに不調で、一時は行く末を悩んだけれど、ここもじっと耐えて、何とか前に進んで行かなくてはなりません。どこにも救いはあるのです。