ゲストが予約をして下さるとすぐ私はメッセージを送りますが、10歳の娘さんが日本文化が大好きで、着物体験をするのを楽しみにしていると返事をもらった時、ずいぶん情熱的なママだなと思ってどこの国から来るのか見たら、オーストラリアのケアンズとあり、プロフィール写真が特徴的なのが強く印象に残りました。台風の影響で残暑が厳しくて、子供二人連れた家族4人だから浴衣だけ着せて柴又へ行こうと思って準備をしていると、30分早く現れたゲスト達は大田区の蒲田のエアビーに泊まっていて、昨日は高速バスで富士山へ行き、山中湖周辺をサイクリングしたそうです。くるくるの天然パーマの14歳のジョシュアは大柄だし10歳のテッサははにかみ屋さんだけどリュックの中から出して見せてくれた日本語のテキストブックはたくさん勉強していることがわかり、着くそうそうあちこちを見渡しています。勿論アニメには詳しそうで、ジブリも大好き、着物は初めてとなると、浴衣だけではすまないと考え直して、子供用のオレンジの華やかな小紋に半幅帯を締め、ヘアには飾りを沢山付け始めました。ジョシュアにはデニム着物、帽子を被った目のくりくりしたフランス人のようなパパには絽の黒い着物を着せ刀を持つとカッコよく、三人揃って写真を撮り始めるといくらでもポーズを変えるのを見ながら、最後に残ったママに赤い単衣の着物を着せていろいろ話をすると、彼女はパブアニューギニア出身で、ご夫婦で地質学者だそうです。地理に弱い私はパブアニューギニアが何処にあるかわからず混乱していると、夫が義父が戦争の時、海軍としてそこへ行っていて、写真も撮っていると言い、後出しで調べてその位置関係を見て、戦争の真っ只中の地域だったとわかり絶句してしまいました。四人で写真を撮ったあと、二階の和室を見せて鎧を被ったり床の間にテッサが座ってお人形さんのように微笑んだりしているのを、義父の写真はずっと見守っていて、私はいろいろなものが巡り巡り、回っているような感覚を強く持ちました。
アイルランドやスコットランドの血が混じっているパパは40代でスキンヘッド、小柄で繊細で声が小さいのだけれど、私が職業を聞いてもその英単語が理解できないのを察して、ママを着付けている時スマホで「地質学者」と日本語を表示してくれるし、子どもたちとも仲良く同じ目線で会話している感があり、どういう経緯でママと結婚したのかわからないけれど、デンマークパパと同じ心の複雑さを感じていました。パパのいとこは抹茶の輸入を手掛けているそうで、ティーセレモニーをしてテッサに代表してお茶を点ててもらってから、浴衣に着替えて柴又へ出かけました。ジョシュアは寅さんの文字の入った白地の浴衣、テッサは腰揚げの付いた子供用の紺地の朝顔に浴衣にピンクの作り帯、パパとママは京都のひで也工房の品の良い紫の模様の浴衣を着て、暑いねと言いながら柴又へ出かけたのですが、子供たちはちょっと疲れが見えてきました。急いで一通り回ると、仏教彫刻をテッサは熱心に写メに撮り、パパはこれはどこの国の影響を受けたものかと質問してきて、ああ学者だなと思いながら、答えた後、好きな画家は誰かといつもの質問をすると「マチス」と答え、ママはわからないと言います。電車の中で見せてもらったママのスマホの中にはパブアニューギニアの服装をしたおばさんの写メがあり、20年くらい前にオーストラリアにやって来たというママが、民族の違う、文化の違うパパと結婚して大変な苦労をしてきたであろう気持ちを思い図る以前に、帰り道立ち寄った蕎麦屋さんで涼みながらいろいろなアイスを注文してそれを回し食べている4人の姿を見て、家族というものは変わらない、普遍なのだと感じていました。駄菓子屋さんでは鬼滅の刃の絵の付いたドロップなどたくさん買い込んだし、テッサがプレゼントに着ていた浴衣が欲しいというので、汗をかいているからハンガーにかけて干してねとママに頼み渡せたし、私は思い残すことが無いよう考えながら日本の好きなテッサに色々なことを見せ、最後まで写真を見たり飾ってあるものを触ったり、名残惜しそうに彼女は帰って行きました。
地質学者とパブアニューギニアと、この4人家族が私の中でどうしても結びつきません。このところ来るゲストは、物凄く濃い空気感を運んできます。もう、丸ごと飲み込んでしまうしかない気がしています。