守る

 忙しかった九月が終わり、十月になってなぜか前半は暇なので、病院通いをしています。眼科で視野狭窄の検査を受けて無事クリア、薬も飲まないようにしてもらい身軽になり、昨日は血圧の薬をもらいに歩いて20分くらいの距離にある病院に行きました。いつも混んでいる眼科がなぜか空いていて、何となく雰囲気がいつもと違うなと思ったのですが、内科の病院も何だか様子が違います。インフルエンザとコロナの予防接種が始まり、高齢者には無料の券が送られて来ていて、待合室には無料の健康診断の結果を聞きに来ている方や、インフル予防接種を受ける小さな子どもたち、それに外で隔離されて待っているのはマイコプラズマ肺炎やコロナ感染の疑いのある子供で、受付の二人の女性はずっと鳴り響く電話は全く無視して、忙しそうに患者さんとの応対に追われ、先生は時々防護カバーを付けて外に出て行くのです。何が流行っていて、どうすればいいのか、医師もしっかり把握しきれないほど、医療現場も混乱しているようで、私の血圧など取るに足らない問題です。

 義父が家とは船のようなもので、一番上の人間がしっかりしていなかったら、まずネズミが逃げ出し、そして船は沈没するとよく言っていました。だから私たちにしっかりしろと言いたかったのでしょうが、今の日本は誰が見てもトップの人間が良くなくて、どんどん船に水が流れ込んでいる状態なのです。マスコミもテレビも報道も、真実を隠し虚偽を流し続け、ふと気が付くと自分達の足元に水が押し寄せてきて、どんどん水位が高くなっている、何の準備もせず、正しいことをしてこなかったから、流されるしかない。ネットで自然災害のシーンをよく見るようになり、本当なのかどうかわからないものもあるけれど、洪水や大雨や土砂崩れや地震や山火事など、実際に起きているところもあります。己の欲のためにどんな小細工や不正をしても、流されるのは皆一緒であり、その時一本のクモの糸の救いや大渦巻きから逃れる方法は、人智を超えた世界からの視線を感じ取れるかどうかにかかっているのです。

 コロナワクチンもインフルエンザ予防接種もしないで、自分の体の中の免疫を高める食事をし、正しく暮らす、それしか自分を守る道はないのです。それがあからさまになったことが、救いなのでしょう。