義母が亡くなり、膝を痛めてから神奈川の山の上にある父母のお墓参りが出来ず、三年以上田舎に足を運んでいなかったのだけれど、山の上の紅葉の風景が素晴らしかったことを思い出し、夫と共に久しぶりに3時間かけて出かけました。2時間電車に乗り、一時間に一本のバスに乗れば着くとはいえ、やはり遠いのです。
父が59歳で亡くなって45年、母と共に、夫と共に、そして一人で、何十回とこのお墓に来て、最近は次女夫婦がオートバイのツーリングで2回お参りに来てくれるようになりました。猿やイノシシやクマ?もいるようで、山道には「クマに注意」という看板があり、夏はヒルが食いつくので塩を持参して足に撒くと親戚の方に聞いたことがあります。でも四季折々の山の風景は素晴らしくて、それを見るのが楽しみで頑張って通っていたのですが、最近の夏の暑さは異常で、紅葉が綺麗でなく葉っぱが枯れて落ちてしまうという話を良く聞くようになりました。
京王線に乗って橋本駅に着くとちょうどお昼で、一時に出るバスに乗る前に行列が出来ているお蕎麦屋さんで牡蠣南蛮と舞茸天婦羅そばを美味しく頂いたのですが、量が多くて二人とも持て余し、わたしは頑張って何とか完食しつつ、東京では量が割と少なくて物足りないくらいなのにねと夫に言うと、田舎だから量が多いんだと返してきました。スーパーでお花を買ってバスに乗り、街中を通過して行ってだんだん山が深くなっていく風景を楽しみながら大きな橋の袂まで来ると、何と下の川に沢山工事の車両が止まり、重機が新たに橋を作っています。コロナ前にリニアの工事をすると言っていたのが延期になっていたけれど、いよいよ始まったのだなと思いながら終点近くでバスを降り、お寺まで歩いていると、たいした距離ではないのに夫がふくらはぎが痛いと立ち止まり息を切らしています。
毎日座り込んでテレビばかり見て、近所のコンビニへ行くのも自転車で行くという生活を送っている付けがまわっています。でも車ばかり使っているアメリカや韓国のゲストが柴又まで歩くのに苦労していたことを思い出し、夫のお尻を叩きながらお寺まで到着すると、ここにも業者さんが機械を持ち込んで新しいお墓を作ったり道を舗装したりしています。膝が痛いのでこの坂を登れるか心配していたけれど思いのほか道が歩きやすく、ずいぶん増えたお墓を見ながら奥の父母の墓にたどり着きました。母の法事が二回あって、わたしは行かなかったけれど弟夫婦は墓掃除もしないでいるから草が周りに生え、かなり汚れているのを綺麗にして、お花を供えお米を撒き、お線香をあげたけれど、周りの山々の景色も木々もあまりきれいでなく、なんだか雑然としています。
住職様はいらっしゃらなかったので、お塔婆代を鳩色の袱紗にくるんで郵便受けに入れ留守電に用件を吹き込んで帰り、翌日お電話を戴いていろいろお話を伺うと、リニアの工事のためそれぞれの家庭で持っている山の中のお墓を撤去して、お寺の墓地に移転してきているそうで、地中を掘った土を積み上げ壁を作りそれがずっと続くので、景観も全く変わってしまうし、山を崩すので住んでいる動物たちがえさが無くて町へ下りて来て大変なことになる、いいことは全くないとおっしゃいます。此処も全く変わっていく、父は故郷だし母も田舎が好きだからずっとここでいいけれど、弟夫婦は変化してしまうこの山奥の墓にのちのち入るのは大変だろうと思います。
父と母に夫と連名のお塔婆をそれぞれお願いして、わたしたちの気持ちはしっかり届けました。急速に世の中は変わって行きます。山が崩れ、動物たちが徘徊し、誰のためにもならないリニア新幹線が地下を走って行く。
もう壊れるしかない。私たちは今世界の裂け目にいます。