暮れから日本に来て2週間知り合いの民泊に泊まっているサクラメントの五十代のお母さんと二十代の息子さんが、着物体験をしたいとホストの奥様とおとといいらしてくださいました。オリジンはベトナムですが、親戚の方々もみなアメリカに住んでいて、料理が大好きでホストのお家でもお食事を作っているとのこと、でも今回は着物を着るためにお化粧して長い黒髪もアップにしてキレイになった彼女はピンクとベージュの鳥の模様の付いた小紋に白地の鶴の帯を選び、上品な着物姿になりました。
志ま亀の黒地に宝尽くしの小紋を着たホストの奥様も、紬のアンサンブルを着た息子さんもみんな素敵で、ホストの旦那様の車で柴又と松戸の戸定邸に出掛ける時に、風が冷たいので首にシルバーフォックスのショールを巻いたママのサミンは、なんだかとてもゴージャスで、義母が遺していったものだけれどほとんど使わなかったこの銀狐のショールが、日の光を浴びて外に出られることを喜んでいる気がしました。
松戸は少し遠いので、5時近くになってやっと帰ってきた彼らはとても楽しかったといい、満足した表情でいるのにほっとしながら、夜にホストの旦那様がフェイスブックに次々に上げる写真には、わたしが長年通った柴又の参道や山本亭でくつろぐ皆の姿があり、私は少し複雑な思いで見ていました。あれから、あの彼女と11月の最後に行ってから、喪中ということもあって、わたしは一回も柴又へいっていません。1人で言って事情を説明するのも気が進まないし、これからどうするか、まだ見当がつかないわたしはため息をつきながら、ラストの戸定邸の中で撮った写真を見た時、その風景に新鮮な驚きと興奮を覚えたのです。これまで来た外国人のゲスト達が帝釈天の中に入って驚く気持ちを久し振りに追体験して、わたしはわくわくしながらここへ行きたい、いろいろなものを見たいと思い、徳川家の歴史を知ることがまた違った扉を開けていく気がしてきました。
長いこと着物を着ていて疲れたでしょうとサミンに聞くと、日本文化というアートを体験し、肌で味わうことが出来て本当に嬉しかった、そして銀狐のショールは温かかったと人懐っこい笑みを浮かべるのです。後日ランチに招かれ、サミンの手料理、生春巻きやサラダ、ベトナム風オムレツ、牛肉のフォーを美味しく頂き、アジア料理はなんて健康的なんだろうと感激し、サミンが趣味で作っている何百個もの干し柿の写メを見たり、親しくお話をしながらいつものパターンで好きな作家、画家、映画はと聞くと、ガルシア・マルケスの本や映画が好みで、スーラの点描画の話、アメリカの作家の話から、谷崎潤一郎を読んだというので驚きながら、話題についていくにはこちらももっともっと学び直さなければならないと強く思いました。
新しい視点を持って自分の感受性をもっと大きくしていかなければならない、やはりここで一区切りつけなさいという天からの差配だったと、あの日の出来事を思い出します。まだ伸びしろがあります。まだできるのです。